年賀状のやり取りは、やめていい

この時期(年末)になると年賀状を出していた頃を思い出す。年賀状のやり取りをやめる為のハガキを皆さんに出したのが、2016年12月17日。

2017年の年末から何十年と続いた年賀状という日本の慣習から解放された。現在は、2020年12月22日であり、年賀状をやめてから4度目の年末だ。

今でも思う率直な感想は「年賀状をやめて、本当によかった」である。

年賀状のやり取りが好きな人は是非、続けてほしいと思うけれど、僕にとって年賀状の慣習は、毎年ストレスでしかなかった。回顧すると年賀状のやり取りが、楽しかったのは小学生までだったと思うし、会社員時代も「何この無駄な作業は・・・」と思いながらも、社畜としてはチベットスナギツネのような表情で取引先などに年賀状を作成していたことを思い出す。

そして、ビジネス年賀状の作成を終えてから、プライベートな年賀状の中にも社員同士での年賀状のやり取りがあったわけだが「年末年始の少ない休暇後、またスグに社畜同士顔を合わせるのに年賀状を出す」という謎の日本の慣習も今となっては懐かしい。



もくじ


子供の頃からの「年賀状は、出すもの」だという呪縛

「年末になれば年賀状を書いて、相手には元旦に届くように出す。」という日本の慣習からすると、年の瀬のスケジュールには「12月25日までに年賀状を出す」が自動的に追加される。

年賀状を出していた頃は、年賀状作成は日本人にとって当たり前の作業で日本文化のひとつ「皆がやっているから・・・」が我々の遺伝子に組み込まれているかのように僕も年賀状を出すということに何の疑問も抱いていなかった。

しかし、大人になってからは常に小さなストレスは感じていた。


眼からウロコの「年賀状は、やめたのよ〜」という言葉

自営自由業を開始をして、訪問型のパソコンサポートをやっていた時の訪問先でのお客様との雑談の中で、奥様の「うちは何年も前に年賀状は、やめてしまったのよ〜」と教えてくれたことを今でも何となく覚えている。

「そうか・・・年賀状は、やめてもいいんだ・・・」と僕の潜在意識の中に長年ずーと残っていたことが、僕に年賀状をやめさせる行動を起こしてくれたのだと思う。ただ、当時は「年賀状をやめたいなぁ〜」と、何となく思っていただけだった。

実際に年賀状をやめたのは、この時から約10年という月日が流れてしまった。


「もぉーーー」年賀状なんてやっている場合ではないのにぃー

年の瀬になると心に余裕がなくなる。それに付け加え「年賀状を12月25日までに投函しなくてはいけない」という小さなプレッシャーを感じながら、年末に年賀状を出す作業をしていた2015年の12月中旬。

なんだろうか・・・12月中旬を過ぎると気持ちがソワソワしてくる。

また、クリスマスという外来文化が浸透しているから、心無しか町中がセカセカしているように感じる。

僕の心情も「年賀状の作業は、サッサと終わらせないと・・・」と、いつも年末はセカセカしてしまう。

それでも2015年は、無事に年賀状の作業を終えることができた。


俺、何をやっているんだろう・・・という思いが強くなった

そして、年が明けて2016年の正月。

年賀状あるあるだと思うが「年賀状を出していない人から年賀状がきてしまうこと」が、数年ぶりに起きてしまう。

2015年12月中旬の年賀ハガキ作成時に「今年は、この人から年賀状は届かなかったから出さなくていいか・・・」と年賀状発送リストから外した人から年賀状が届いてしまった時は「マジかーーー」と思わず、ため息をついてしまった。

仕方がないので、近所のコンビニエンスストアへ行き、返信用の年賀ハガキを買ってきて、年賀状ソフトを起動し、印刷をし、一言書いてから、再び郵便ポストに足を運び、年賀状を投函してから、ふと思う。

「俺、何をやっているんだろう・・・」と。

「なんだ、この時間は・・・」

「なんなんだぁーーーーーーー」

この出来事があって「身内も含め、全ての人との年賀状のやり取りをやめよう」という気持ちが強くなった。例年であれば、なんでもない「年賀状あるある」なのであるが、不思議と2016年の年賀状を返信した時に「年賀状をやめるぞ!!スイッチが入ってしまった」のであった。


年賀状をやめられたのは、インターネットで見つけた文例だった

何年間も「年賀状のやり取りをやめたいなぁ〜」と思っていたが、反面「どうやって止めることができるのか・・・」というジレンマが続いていた。しかし、2016年の夏ごろに某掲示板サイトをぼーっと閲覧をしていたら、年賀状をやめる為の文例画像を発見した。

その時は、ipadに文例画像をスクリーンショットで保存しただけだったが、2016年も12月に入る頃に「年賀状やめちゃおうかな・・・」と少しづつ気持ちが動き出し、夏にipadに保存をしておいた「年賀状のやり取りをやめる時の文例」を思い出して一気に「年賀状やめるハガキ」を作ることにした。


拝啓

師走の候お忙しくお過ごしのことと存じます。

長年にわたりいただいておりました年始のご挨拶ですが、寄る年波を感じるに至り誠に勝手ながら、どなた様にも今後、控えさせていただきたく存じます。

ご一家族様の益々の繁栄をお祈りいたします。

敬具

とある掲示板サイトで見つけた「年賀状のやり取りを止める為の内容が書いてあった文例」。

年賀状をやめる為に送った文面はがき

年賀状をやめる為に送ったハガキ




文章は引用させてもらうことにした。内容的に少し大袈裟だったが、とにかく送った相手に「この人は年賀状のやり取りをやめたいんだ」という意思が伝わればよかったのだ。

冒頭にも書いたが「年賀状やめますハガキ」を投函したのが、2016年12月17日。

そして、数日後に親戚の叔父さん2人から電話がかかってきた。予想はしていたが「年賀状やめますハガキ」に驚いた様子だった。

2人には、年賀状のやり取りをやめたい理由を説明して1人は納得してくれたが、もう1人の叔父さんは腑に落ちないようであったが「まーいいかぁ」と思って電話を切った。

この瞬間「あー・・・やっと、来年からは、年賀状の作業がなくなったー」とスッキリした記憶がある。

ちなみに、身内意外の人からの連絡はなかったので良かったと思う。


年賀状にかける時間って、結構バカにならない

年賀状の作業全体にかかる時間を正確に計測したことはないけれど、細切れ時間を合計すると割と睡眠時間(7時間〜8時間)に匹敵する感じがする。

  • 年賀状を出す工程は・・・
    「年賀状を出すことを考える」→「年賀状を買いに行く」→「年賀状ソフトで来年の干支へデザインを変更する」→「年賀状を印刷する」→「年賀状に一言メッセージを書く」→「年内12月25日までに年賀状を投函する」
  • そして、年賀状を出していない人から届いてしまった場合は・・・
    「追加の年賀状を買いに行く」→「年賀状ソフトで追加印刷をする」→「年賀状に一言メッセージを書く」→「年賀状を投函する」

年賀状ソフトのおかげで作業が楽になったとはいえ、年賀状にかける時間は思考も入れると結構バカにならない。

でも、年賀状をやめるという考えがなかった時は、思考が停止していたので年賀状の作業時間のことを気にすることもなかったし「面倒くさいなぁ〜」と思いながらも、年末のお決まり事として年賀状を出す作業をやっていた。

それと年賀状をポストへ投函した瞬間、少しだけ達成感があることも、年賀状の慣習を長年続けてきてしまった要因だと感じる。


嫌われてもいい、だって時間は有限だから

母はガン細胞に身体中を蝕まれながらも年賀状を出していた。年賀状を書くことによって、気が紛れていたのかは今となっては、母に聞くことはできないが、そんな母を思い出すと時間というのは無限にあるものではなく有限なんだと強く思うようになった。

だから、本当は年賀状をやめたいと思っている人であれば、思い切って年賀状のやり取りをやめてしまっては、どうだろうか。もしかしたら、相手も年賀状をやめたいと思っているかもしれないし。

そして、限りある時間を年賀状の作業ではなく、他の大切なことに使ってほしいなぁ〜と願う。


更新日:2021年01月03日